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| 名前 |
土屋圭市 |
| 性別 |
男 |
| 生年月日 |
1956.01.30 |
| 出身地 |
長野県 |
| 血液型 |
B Rh+ |
| 視力 |
右1.5左1.5 |
| 身長 |
167.5cm |
| 体重 |
55.0kg |
| 肩幅 |
42.0cm |
| 首周り |
35.5cm |
| 胸回り |
88.0cm |
| 袖丈 |
55.0cm |
| 首から股まで |
65.0cm |
| ウエスト |
73.0cm |
| ヒップ |
87.0cm |
| 太もも周り |
44.0cm |
| 股下 |
67.0cm |
| ふくらはぎ周り |
34.0cm |
| 靴 |
24.5cm |
| 特技、趣味 |
犬の散歩 |
| 好きな食べ物 |
醤油味の日本料理、麺類 |
| 嫌いな食べ物 |
ラッキョウは大嫌い、フランス料理も苦手 |
| 酒 |
何でもOK |
| タバコ |
カールトン・ウルトラ・スリムメンソール100 1mg |
| 好きな女性のタイプ |
? |
| 好きな動物 |
犬は大好き大小問わず |
 1956年、長野県生まれ。スピードに対する興味が人一倍強い土屋は、免許取得と同時に車に熱中する。当時は腕を磨く為のサーキット走行場所が少なく、もっぱら近所の峠や、雪のワインディングロードなどで腕を磨いた。幾度となく走りこんでいるうちに自然とレースへ興味を持ち、1977年に富士フレッシュマンレースにデビューする事となる。その後もツーリングカーを中心にレース活動を続け、1984年には富士フレッシュマンレースで伝説の6連勝を成し遂げ、翌年には全日本ツーリングカー選手権(グループA)が開催されると同時にステップアップする。ここで、派手なテールスライド走行から『ドリキン(ドリフト・キング)』の称号を与えられる。そして、『ドリフト』という言葉も定着させた男でもある。
1992年には、今の自分があるのは、この人への憧れから始まったと言っても過言ではない、高橋国光が結成した『チーム国光』へ抜擢されグループAの成功、人気の立役者の1人になる。 1993年には、N1耐久レースに於いてチームをシリーズランキング第3位に導く。1994年には、JTCCにシビックで参戦し、第4戦、第14戦で4位。また、GT選手権では、ポルシェターボをドライブし総合優勝を果たす。1995年、ル・マン24時間レースにはNSX−GT2で参戦し、予備予選でGT2クラス2位のタイムを叩き出し見事に大任を果たした。決勝では、ピットスタートにもかかわらず、脅威の30台抜きを決め、GT2クラス優勝に貢献する大活躍を披露した。1996年には、日本初上陸のNASCAR(アメリカではメジャーリーグベースボール、アメリカンフットボール等と人気を博すモータースポーツ)へ挑戦し日本人最上位を獲得。また、ル・マン24時間へも参戦し3年連続完走。全日本GT選手権へは、ホンダNSXで参戦。
そして、1997年には、5年間在籍したチーム国光を離れ、新たにチーム・ラーク・マクラーレンでル・マン総合優勝に挑戦した。予選はタイムアタッカーとして総合10位を獲得するが、決勝レースはリタイアとなった。しかし、ここでの速さは海外でも十分アピールできた。国内での活動は、全日本GT選手権及び全日本ツーリングカー選手権へ参戦した。また、第2回NASCAR鈴鹿サンダースペシャルでは、旧車にもかかわらず予選7位、決勝11位と2年連続日本人最上位を果たす活躍を見せ付けた。さらに1998年には、日本人初のオーバル・コースでのNASCAR参戦。また、体制を一新してのル・マン24時間は、トヨタ・ワークスのTS020で、片山右京、鈴木利男らと参戦、見事、初レース総合9位。全日本GT選手権では、スープラで参戦。開幕戦で3位を獲得。また、全日本ツーリングカー選手権へは、97年に引き続きチェイサーで参戦し、第1戦で3位を獲得する。1999年には、再び、トヨタTS020でル・マン24時間レースに挑む。日本人トリオでの最高位である、総合2位を獲得することとなる。全日本GT選手権へは98年同様スープラで参戦。
そして2000年には、チームARTAより鈴木亜久里とペアを組み、再びNSXで全日本GT選手権に参戦。また、ル・マンには、テレビ朝日レーシングチームより、パノスで参戦し総合8位へと導いた。さらに、99年より参加しているスーパー耐久シリーズでは、毎レース表彰台の一角を占める。
こうして、ル・マンへは、5年連続出場を果たす。2001年には、全日本GT選手権に鈴木亜久里が監督を勤めるチームARTAより参戦。第6戦で優勝。総合ランキング2位。翌年は、チームARTAより全日本GT選手権へ参戦。数々のドラマ、記憶に残る走りでランキング10位。そして、2003年はチームARTAより新しいパートナー金石年弘選手と全日本GT選手権に参戦中。新たな旅立ちの年を向かえ、今 なお、走り続けている。
このように、アグレッシブで妥協を許さない粘りある生き方に多くのFANが共感し賛同する。また、レース活動以外にも、土屋は、自分の走りの原点に返り、全日本
PROFESSIONAL DRIFT選手権『D1-GP シリーズ』を旗揚げする。D1選手の熱い走りに、本人もさることながら、全国の走り屋も感動し爆発的な盛り上がりを見せている。そして、BRIDGESTONE POTENZA RE01−GP『RE01−GP』は、土屋自身がサーキットの攻略法を伝授する、ブリヂストンの走り屋向けタイヤを極めるタイムアタック式のイベントである。数あるメディアバリューの中でも『Video
OPTION』は、大ベストセラーである。そのほかにも、Hot Version video『HOT−V』や、『ドリフト天国 video』にもレギュラー出演。HOT−Vでは、現役のレーシングドライバーをゲストに迎え、読者の喜ぶ企画を遂行。
フジテレビのF1解説を経て1999年からフォーミュラ・ニッポンのレギュラー解説者となり、フジテレビ すぽると『フォーミュラ・ゾーン』レギュラー出演、BSチャンネル721『F1−GP』実況解説、J-WAVE『Bridgestone
automobile radio』のパーソナリティー、『Young Version』『Mjマガジン』『OPTION』『Driver』への筆頭。と、各方面でその才能を遺憾なく発揮し幅広く活動中。また、日本で最も権威のある『日本カーオブザイヤー』の選考委員でもある。レース、自動車を語る時には欠かせない存在の一人である。

1956年
1月30日、長野県生まれ。
1977年
富士フレッシュマンレースでレースデビュー。
1985年
インターTECでクラス優勝。総合6位。
1989年
グループAに参戦しつつ、F3へも参加。
1990年
グループA、F3に加えフォミュラ・ミラージュにもエントリー、3勝を挙げ初代チャンピオンとなる。
1991年
フォードシエラからスカイラインGT−Rに乗り換えグループAに参戦しランキング5位。
1992年
グループAのスカイラインGT-Rで高橋国光とコンビを組み参戦。
1993年
グループAで第1戦「美祢」でポールポジションを獲得。
N1耐久ラウンドシリーズへプレリュードで飯田章選手と参戦しランキング3位。
1994年
全日本ツーリングカー選手権へホンダシビックで参戦し第3戦でデビューし第4戦で4位を獲得。
全日本GT選手権へポルシェターボで参戦し第4戦「菅生」で優勝。
ル・マン24時間レースへホンダNSXで参戦、初挑戦完走18位。
1995年
ホンダNSXでル・マン24時間レースGT−2クラス優勝。
十勝24時間レース総合優勝。
鈴鹿1000kmでは鈴鹿GTクラス優勝。
全日本GT選手権へポルシェで参戦し第2戦「富士」で3位。
全日本ツーリングカー選手権へホンダシビックで参戦。
1996年
ル・マン24時間レースではGT−2クラス3位と3年連続完走。
全日本GT選手権へホンダNSXでフル参戦。
第1回NASCARへ挑戦。
1997年
チーム・ラーク・マクラーレンでル・マン24時間、鈴鹿1000kmへ参戦。
ル・マンでは予選総合10位を獲得。
全日本GT選手権へはチーム・タイサンより第3戦から参戦。
全日本ツーリングカー選手権は、最終戦インターテックへ参戦。
第2回鈴鹿NASCARへ参戦。
1998年
トヨタ・ワークスでル・マン24時間へ参戦し総合9位を獲得。
全日本GT選手権へトヨタ・チーム・サードより参戦し、第1戦「鈴鹿」で3位入賞。
全日本ツーリングカー選手権へ土屋エンジニアリングより参戦し、第1戦「富士」で3位入賞。
NASCAR WINSTON WEST第9戦へ参戦し、24位。
1999年
トヨタ・ワークスでル・マン24時間へ参戦し総合2位を獲得。
全日本GT選手権へトヨタ・チーム・サードより参戦し、第1戦「鈴鹿」で3位入賞。
スーパー耐久シリーズへ自チームで参戦しシリーズランキング2位。
第4回NASCAR THUNDER SPECIALへ参戦。
2000年
テレビ朝日チームよりパノスLMP-1でル・マン24時間へ参戦し総合8位を獲得。
全日本GT選手権へチームARTAよりホンダNSXで参戦し、第4戦「富士」で優勝。
スーパー耐久シリーズへ自チームで参戦し第1戦、第2戦、第4戦で優勝。
2001年
全日本GT選手権へチームARTAよりホンダNSXで参戦し、第6戦「鈴鹿」で優勝しランキング2位。
2002年
全日本GT選手権へチームARTAよりホンダNSXで参戦し、ランキング10位
2003年
全日本GT選手権へチームARTAよりホンダNSXで参戦し、最終戦鈴鹿では今までのレース人生の全てを魅せつける走りをし、レーシングドライバーを勇退。
走り屋 土屋圭市に戻る。
2004年
昨年の勇退後、レーススピリットを評価され、GT500及びGT300の両監督を務めることになる。
結果は、GT500NSX勢完敗の年になるが、GT300ガライヤで堂々ランキング2位に食い込む手腕を披露した。
一方、D1GPでは、USAでEXを行なって来た結果、シリーズ戦の中に入り第1戦アーウィンデイルで開催され、世界への第1歩へ希望を繋げた。
2005年
GT500NSXは、チームホンダレーシングとして、昨年の屈辱を晴らすべく僅差でランキング2位と悔し涙を流す。
GT300ガライヤでは、監督を務め、ランキング3位と甘んじるものの、緻密な戦略やアドバイスでドライバーを大きく育てる。
D1GPでは、更なる海外進出を図り、モータースポーツの聖地でもある、イギリスのシルバーストーンサーキットでEXを成功させ、BBC等全世界に向けてD1を配信する快挙を成し遂げる。
その後、7カ国からD1開催へのオファーを受ける事となる。
2006年
S−GTでの活動は、ARTAエグゼクティブアドバーザーを勤めることになり、スポンサー様やFANのためにS−GT全体を盛り上げるべく、サーキットへ!!いよいよ、海外進出のD1GPでは、マレーシアや上海、ラスベガスなどでEXを開催。
世界各国でシリーズ戦を立ち上げる。

三栄書房 サンプロス
「Video
OPTION」絶大な人気を誇るチューニングカーマガジン「OPTION」のビデオ版。「全日本プロフェッショナルドリフト選手権(D1-GP)」など注目企画が多彩。
「ドリフト天国video」D1への切符を賭けて全国の走り屋が参加。
講談社 2&4モータリング社
2&4モータリング社「Hot-Version Video(HOT−V)」「AE86 club」土屋がメインキャスターとするチューニングカービデオマガジン。
各チューニングショップより、話題のクルマをプロのドライバー同士で大バトル大会。
土屋の筑波タイムアタックも必見。
「Best Motoring」では、内外問わず、新車をバトル有で相対的な評価を武器に読者に語りかける。テレビ東京系列:S−GTの放送番組「激走!GT」。
GTの面白さ、観戦の楽しみ方をGT参戦ドライバーと共に解説。
J-WAVE
今、一番ホットな放送局J−WAVEより、ブリヂストン提供の「ブリヂストン オートモービル レディオ」車大好き、自らもレースを している、ピストン西沢氏と、毎週日曜のPM8:00よりON AIR。
フジテレビ系列
CS放送「チャンネル721」で、F1解説でおなじみの川井氏、今宮氏と一緒にF1実況解説。F1開催日に出演。F1をプロの目から見た実況が好評である。
テレビ東京系列:JGTCの放送番組「激走!GT2003」。GTの面白さ、観戦の楽しみ方をGT参戦ドライバーと共に解説。

著 書
株式会社講談社「PRIDE」
株式会社バウハウス「ドリキン流 基本のクルマBEST40」
株式会社三推社 株式会社講談社より 「土屋圭市 FR・MR最強テクニック」「土屋圭市 直伝ドリフト術テクニック」
成美堂出版文庫「うまくやっている人のクルマの秘密術」、2006年には、高桐唯詩先生著書、文芸社様より「ドリフトキング」が発売。
レギュラー雑誌媒体
三栄書房「Option」「Option2」 交通タイムス社 月刊「MJマガジン」など。
準レギュラー雑誌媒体
新潮社「ENGIN」 ネコ・パブリッシング「tipo」 三栄書房「Xacar」 八重洲出版「driver」など。

サンプロス主催
全日本プロフェッショナルドリフト選手権「D1−GP」は、走り屋魂、雑草魂の真髄。全国規模から台湾やロサンゼルスへの海外進出を図る。プロ化させたドリフトの最高峰。観客動員数も上昇中。
ブリヂストン主催
POTENZA RE−01GP「RE01−GP」は、日本一のポテンザ使いを決定するタイムアタックイベント。グリップ走行のテクニックを磨くには最適。土屋自身より各サーキットの攻略法を伝授。プロドライバーとの同乗走行が大人気。

ホンダ主催
S2000ドライビングフォーラム。
映像・音声・紙と各種の媒体に登場し、広告効果をさらに高めます。
湘南オートモビル・ビジネス専門学校 特別講師
学校法人 住野学園 湘南オートモビル・ビジネス専門学校において、年に数回特別講師として授業を行っております。
整備士資格の取得はもちろん、しっかりとした整備技術と豊かな人間性を育む学校です。
学生たちの目的意識が高く、とても活気がある学校という印象を受けました。
詳しくは、下記URLをご覧下さい。
http://www.shonan-abs.ac.jp/newsite/index.html

DG-5
クルマのエアロ、車高調等、クルマをトータル的なサポートをするショップ。土屋自ら、開発も努める。
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クルマのブレーキパットの開発と販売。レース経験からのフィードバックをストリートのパットに採用。基本構造からの開発に携わる。
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